家具と漢字の思い出
DIYが好きで、一瞬だけ家具業界にいたことがある。初期研修の頃はひたすら家具類の基礎知識を学んだ。ダイニングテーブルの1人分の幅は約60cmとか、ボンネルコイルとポケットコイルが就寝時に体に与える影響の違いとか…
家具に使われる木材の説明を受けていたときだ。
資料には「梻」の文字。木へんに佛(仏)で、仏壇に使われることからその字を持つそうだ。

木材の名前はタモといった。………あれ??
漢字検定一級の国字1の書き取り問題において、「梻」という字はシキミと読むのが正答である。少しググると仏前に供えられたことが由来となっている旨もわかる。

もちろんタモ→梻である旨もググると書いてある。では一体、正しいのはどちらなんだろうか??
いや、もちろんどっちかが正しいとか間違いとかいう話ではないと思う。タモとシキミ、二つの梻が辿ってきた軌跡を少し調べてみた。くらいの温度感でよろしくお願いします。
タモとは?
タモはモクセイ科トネリコ属の広葉樹の一部を指す総称のようだ。一般にタモという時はヤチダモを指すようだが、アオダモやマルバアオダモを意味するときも。
断面が正円に近く、樹高は30mにも及ぶ。その性質と強度のため建具によく使われるらしい。また、野球バットやスノーボードなどスポーツ用具の材料としてもメジャーであり、僕が人生で初めてタモの名前を知ったのはラバーガールの「バット職人」というネタだった。
北海道から本州まで広く分布するが、国産のタモ材は北海道産が多いとの情報も。
漢字表記は梻の他に櫤があり、山形県天童市の地名「高擶」もこの木と縁があるっぽい。地名の方は手偏だけどね。

そのうちこの地名についても調べてみたい。そのうち…。
シキミとは?
一方でシキミはマツブサ科シキミ属に属する。高さは大体5m足らずで、タモと比べるとだいぶ小さい。
英名をJapanese star aniseという通り、中華料理の材料でお馴染み八角と同じ仲間である。実が激似である。

ただしシキミは死に至る危険性のある猛毒であり、しかも八角は日本に自生していないので充分に注意してほしい。シキミは全草が毒です。葉っぱも齧ったりしないように!!!
その毒性とお香のような匂いから邪気を払う力があるとされ、古くから仏事と深い関わりがあった。物の本には鑑真が伝えたとあり、今でも墓地や寺院でよく植えられているそうである。ホームセンターの仏具コーナーでも割合よく見かける気がするが、ひょっとしたらサカキと混同しているかもしれない。
↑このあと四国のスーパーで大量にシキミ(シキビ)があるのを見た。よかったよかった
分布は西日本がメインっぽく、いずれにせよ国内ではタモより南西側に分布してそう。
漢字表記として、梻の他に樒や櫁がある。
梻と櫤と樒(櫁)
大漢和で梻に関連する文字を引いてみるとこんな感じ。
梻…[国字]しきみ。(略)芳香を有し、枝・葉を仏前に供える多香木。櫁香。莽香。
櫤…(補巻に掲載)たも。(略)地名。または姓氏。
樒…じんこう(沈香と思われる)。熱地に産する香木。[国意]しきみ。(略)枝葉は仏前に供える。梻。漢名は莽草。
櫁…樒に同じ。康煕字典に用例あり。
梻は国字(成立時期不明)でシキミを表し、櫤あるいは樹木タモとのつながりは確認できなかった。
日国を見るとこんな感じ。
しきみ【樒】
漢名に莽草を当てるが誤用(miya註:マジか)。
平安時代以降、仏事の花と意識されるようになり、光源氏が出家した朧月夜への消息をつける枝に用いたり、釈教歌にも詠んだりした。しかし、古くは仏神両方に用いられ、伊勢神宮でも神事に用いていた。
日国では倭名類聚抄から言海まで14くらいの辞書を参照しているが、梻表記は言海(明治22~24刊)のみ出てきているようだ。平安時代で佛(仏)との関連が見られるようだが、近代ごろ成立した文字なのだろうか?
因みに⿰木⿱必皿 という字もあった。

だも(「たも」とも)…植物「たぶのき(椨)」「やぶにっけい(藪肉桂)」「とろろあおい(黄蜀葵)」の異名。
その他にも方言として「はるにれ(春楡)」「とねりこ(梣)」などいくつかの樹種を指すようだが、ここでも漢字「梻」との繋がりは見られない。
大槻文彦による大言海では以下の通り。
しきみ(櫁、梻)…(重實ノ義、実ガ重クツク故カト云フ、(中略)多ク佛ニ供スレバ、木佛ノ二合字モ、アリ)
たも(miya註:漢字表記なし)…(實ノ玉ノ如キノ轉カト云フ)(一)樹ノ名。やぶにくけい(藪肉桂)ニ同ジ。
広辞苑はしきみ(樒・梻)。たもはヤチダモの通称とのみあり、やちだも(谷地だも)も漢字表記は無し。
少し毛色は変わるが、新潮日本語漢字辞典でも梻はしきみ(しきび)読みのみ当てられている。
ということで、シキミは平安時代ごろから仏教とのつながりが生まれ、梻表記は遅くとも明治時代初めには成立していたっぽい。辞書以外の用例など漁れば成立時期はもっと遡れると思うけれども、タモとの関係性を知りたいだけなのでここでは保留。
梻がタモになる世界
ここまで踏まえると梻=タモは特定の業界の慣例っぽい気がした。漢字表記が併記されている植物図鑑を見てもひらがなで「たも」と書いてあったし、梻→タモというのは広く公となっている表記ではないのではと思い至った。
そう思っていたら、「仏壇の表示に関する公正競争規約及び同施行規則」(https://www.butudan-kousei.com/profile/kiyaku202410.pdf)というものをみつけた。
唐木仏壇、つまり木材を用い表面に塗りなどが施されていない仏壇の材質表示について「…、梻・櫤・タモ、…」とあり、仏壇においてはタモを梻と書くことが規約上定められている。
冒頭に公正取引委員会がどうのこうのとあったので、たぶん結構強めの規約だろう。仏壇業界では梻=タモが一般的なのだろうと思うことにした。
僕が最初に見つけたタモの例も、恐らく家具づくりの文脈特有の表記なんだろう。
開拓使と梻
また、北海道開拓の文脈でも梻が現れていた。
『風土略記 厚別官林』(明治14)では、札幌の厚別地区の植生として「梻(シキミ)」を挙げている。前述の通りシキミは日本でも南西の方に分布しており、これがタモの誤記なんじゃないかという見方がある。
また、『北海道殖民地撰定報文』(明治24, 30)には湿地の植物として「梻(ヤチタモ)」が挙げられ、「楡(アカタモ)」と明確に区別している例もあった。
これは林業的な分野になるのかな?ともあれ、梻=タモは明治には成立していた上、ある程度の認知もあったと考えて良さそう。限られた層にではあるけども。
もう少し色々遡れないかなと思いつつ、論文執筆みたいなカロリーを割きそうだったので断念。余裕があればそのうち…
芸術と梻
平成期の工芸品にいくつか柫造(たもづくり)という言葉を見つけた。これとか↓
材としてのタモを指すことは明白で、ここでは梻でもなく柫が当てられている。もちろん梻造表記も見かけいずれも平成から令和にかけての例だが、柫造の方が古い作品(といっても平成中期とかだけど)に多いっぽい…。
管見の限りで柫造の最も古い作品は1944年にお生まれの方が平成13年に作られたものだった。まだ佛という字体に見慣れている世代の方だろうし、このあたりも新たな謎。
結局「梻」って??
漢字は誰かがいっせーのーせで作ったものではもちろんないので、別のところで作られた文字の形が被ることはある。
特に植物なんて似て非なるものも特定の地域ではそれらを区別しないなんてものもあるし、植物と字種が一対一で対応するはずもないんだろう。
ざっくり調べてみて、「梻は一般的にはシキミを指し、材としての文脈ではタモに当てられることがある」くらいの見方をすることにした。
仏前に供えること、仏壇に加工すること。二者の「佛」との関わり方がそれぞれ別の文字文化に根差しているというのは、漢字と人間の関わりの広さを感じてちょっと嬉しい。
- 日本で作られた漢字に似た形を持つ文字。ここでは漢検協会が定めた範疇のものを指す ↩︎
