愛媛県大洲市
大洲城の城下町。日本三大芋煮がある。日本三大鵜飼もある。そして「おおす」ではなく「おおず」。

愛媛県西部にある大洲市は中央部を走る肱川でも知られ、その流域に開けた町並みはどこかゆったりしている。……と言いたいところだけど、この川、実は昔からかなりの暴れ川でもあるそうな。
大洲盆地の他に目立った平野部がなく、流域のほとんどが山間にある肱川。上流で発生した急流が中流域の平野で滞留しがちだそうで、大洲市の発展は水害との闘いの軌跡だったと言っても過言ではないだろう。

「石を投げる」と書く文字
そんな大洲市、肱川沿いではこんな珍字に会える。



2文字目は⿱投石 で、これは「さかなげはし」と書いてある橋名板。ナゲと読む⿱投石 は特定の地名を表しているわけではなさそうで、今はこの橋名だけがこの不思議な字をひっそりと伝えてくれている。
パーツ自体は見覚えがあるのに、いやあるからこそその組み合わせ同士が不自然に物珍しく見えてしまう。そんな面白い文字が、この橋名板を含めて周辺には3箇所程度しか見られなかった。
しかもそのうち2箇所は橋の下、辺りをぐるぐる徘徊している不審者がやっと見つけた場所にあると来た。

この字を知る人ぞ知る、みたいにしておくのはもったいない。自分勝手な老婆心を抱きつつ、ナゲについてもっと知りたくなってきた。
逆なげ橋を囲む風景
橋に着いたのは日も傾いた頃。

あたりは山に囲まれていて、川沿いの空気がゆっくり冷えはじめている。急流を経てきたとは思えないほど、ここでの肱川は静かだった。水の音も、激しく流れるというより、ただ長い時間そこにあり続けているような音で、橋の下から柔らかく返ってくる。
橋の周辺もとにかくのどかだ。大洲城の城下町や駅前のあたりからはかなり離れていて、観光地の延長という空気ではない。車道ではあるが、道幅もそこまで広くなく、時折車が渡っていくたびにタイヤの音だけが一瞬近づいて、また静けさの中へ消えていく。

どこかで子どもたちの話し声も聞こえる。ただ、その声すら山と川に吸われていくようで、妙に遠い。夕方の匂いがする。乾いた草と少し湿った土の匂い。
橋の周りは思っていたより草っ原が多かった。きれいに整備された河川敷というより、少し放っておかれたような草地が広がっていて、その肩の力の抜けた感じが、このあたりの肱川には妙に似合っていた。
こんな姿とは相反して氾濫が頻発する肱川では、独自の工夫によって治水に努めてきた。その機構が⿱投石 ことナゲだ。
ナゲ…?
川の流れの中に横から突き出す形で設置された石積みの堤防をナゲと言ったそうだ。恐らく方言的なものなんだろうか。
逆⿱投石 橋から見えるナゲと思わしきものを見てみると、たしかに河原の他のところとは異なる石が積まれている。サイコロ状に切られた石は、これが人工物であることをやんわり伝えてくれる。



石礫を混ぜた粘土や天然の岩盤を基礎としてサイコロで表面を守るという構造のようで、川沿いを固めることで護岸の役割を与えている。またこうやって流れを食い止めることで、上流からくる急流の勢いを削ぐ働きもある。
ついでにナゲによる水流の操作は川底の浸食と堆積を生み、舟の航路の安定やこれまた護岸にも一役買っているそうだ。この単純な機構の中に、先人の格闘の痕がある。

今に残るナゲ
ナゲは江戸時代初期に時の大洲藩主、加藤泰興の命で作られる。その時既に⿱投石 という表記があったのか、またいつ頃からそう表記され始めたのかは分からなかった。
今も10カ所のナゲが残っていて、まちづくりの一環としてナゲを再現し水際まで散策可能なナゲテラスという空間も整備されている。
逆⿱投石 も現存するナゲのひとつだ。なんでも流れに逆らって突き出たという特徴は、他のナゲとは相異なるのだそうで。それは余程珍しいことなのか、今でも残る橋の名前にもつけられているというわけだ。

ナゲテラスにもその他の記述にも仮名表記で残される「ナゲ」だけど、この橋のおかげで今でも漢字(?)表記に巡り合えるセレンディピティといったら。しかも、しかもよ!?本来のナゲとは異なる特徴を持つことでわざわざ橋の名前に取り立てられたという経緯が字種の継承につながったのもめちゃくちゃそそる話じゃないか。
まあ、僕が発見できてないだけで大洲市では他にも⿱投石 を見ることができる場所があるのかもしれないけれど。
⿱投石 も日の目を見たいよね
⿱投石 はUnicodeにもまだ採録されていない。提案中だとの情報も頂いたが、まあ少なくとも今は簡単に表示できるものでもない。
それでもナゲは現存するし、ナゲテラスなどの形で地域の方々にも馴染みが深いものだろう。こんなのもきっとナゲをイメージしたものに違いない。たぶん。きっと。もしかしたら。

せっかくだし、⿱投石 字も大洲市の名物に加えてもらえたりしないんだろうか。⿱投石 まんじゅうとか作ってさ。あとダムカレーみたいに逆⿱投石 カレーとかどうかな?米を逆ナゲの形にしてルーを注ごう。それで⿱投石 と書いた旗を立てよう。

なんて。見慣れない漢字を使っているという理由でお金を払う層はそう多くないだろうし、既に大洲は城下町としてのプレゼンスもある。
水害で流出、護岸のための架替えを経た現在の逆⿱投石 橋は3代目で、2023年に完成したという。令和にも⿱投石 がちゃんと残っているというのは本当にありがたい。
一度表舞台から消えるとなかなか戻ってこない気がするし。これから先もずっと残っていてほしいなと思う。
そしてナゲ自体も、これまでのように肱川の氾濫から大洲の町を静かに守り続けてくれたらと切に願う。
