あのナンにも漢字があるの!?ナンの展開と種類と漢字について

なんとも言えない邂逅

ここは池袋東口。店員からも他の客からも日本語が全く聞こえて来ない異国情緒漂うウイグル料理屋のメニューは案外親切で、写真と和訳が付いている。

ウイグルではムスリムが多く提供されるのもハラルフードになるようで、羊の串焼きとか鶏肉の辛口煮込みとかは中華っぽさも兼ね備えつつどれも非常に美味しそう。

そこでふと見つけた「ナン」と書かれたメニューには、あのインド料理屋で店主のえびす顔とともに提供される銀皿よりでけえアイツではなく、見覚えのない丸くふっくらしたベーグルのような姿が。胡麻も付いている。

日本語を撮り忘れて恐縮だが、真ん中の大と小が「ナン」

しかもその横に添えられている漢字には、どうにも見覚えがない。

饢。

どうやらこれがこのナンの表記らしい。

ナン!

「ナン」、頼んでみた

写真から受ける印象通り“ナン”は生地が結構しっかりしていて、軽く押してみてもそれこそベーグルのような硬さを感じる。形もまんまる。

やっぱりカレーなんかと相性がいいのだろうか。

僕が知っているナンとは見た目も生地も違いそうで、饢という見慣れない字も目の当たりにして、この「ナン」に俄然興味が湧いた。

ナンをいただく前に注文したワンタンスープを待ちつつ、少し調べてみることにした。

月の沙漠をはるばると

ナンは古代ペルシア発祥だそうで、なんとそれは7-8000年前だともいわれるほど歴史があるらしい。ペルシア語圏でナーンというとパン全体を広く指す言葉で、恐らく原始のナンも捏ねた小麦生地をただ焼いたものを指してたりしたんだろう。

そこから広くアジアに(日本にも!)広まっていき各地でさまざまに進化を遂げた。

例えばインドにはムスリムの侵攻とともにナンが流入し、北インドの支配層や富裕層の間ではタンドゥールという窯(タンドリーチキンとか焼くのと同じやつ )に張り付けて焼いたナンが食べられていたそうである。インドではナンは北側の文化であり、今も南インドではむしろチャパティと呼ばれる丸く薄い焼きパンの類の方が常食されている。

あと極端にでかいナンは日本特有のもので、インド料理店が競合との差別化を図って大きくしていったらしい。いっぱい食べられるとうれしいもんね。

でかすぎて皿に入り切らないしねもう

パキスタンでもタンドゥールで焼く製法が採られるが、形はインドのものより丸い。また、Wikipediaによると焼きたてはふんわりしているそうである。いつかパキスタン料理も専門店で食べてみたい。

ウイグル人のナン

ウイグル人が食べている「ナン」も、そんなナンのバリエーションのひとつ。形はさっき見た通りの円盤状で厚みがあり、タンドゥールとはまた別の形をしたトヌルという窯で焼くそうだ。

タンドゥールは甕をひっくり返したような形をしていて、トヌルは地面あるいは直方体の土台を下方向にくり抜いて窯としているっぽい?トヌルについては画像からの推量だけども。おそらく材料や製法も違いがあるんだろう。

トヌル(仏版Wikipediaより)。今見るとタンドゥールとそんなに変わらないかも…?

ウイグル人にとって、このナンは軽食らしい。机の上に常置しておいてお茶の時間につまみつつ、足りなくなったら補充しておくんだそうだ。硬く焼き上げているため、茶やスープに浸して食べることが多いそう。新疆ウイグル自治区のあたりは乾燥した気候であり、ナンを作っておいても半年くらいもつという。この喫茶の文化も乾燥の激しい風土ならではのもので、ナンと共にドライフルーツとかを食べつつ栄養補給をしているようだ。

結構がっつり食べてる気がするけど、面白いことにこの喫茶は食事とは明確に分けられる。なんでもウイグル語では単に「茶を飲む」と言ったときはナンなどを一緒に食べることを意味し、「清茶を飲む」という言葉とはっきり使い分けているらしい。その他にも、「今日はお茶を飲んだ(=ナンも食べてる)だけだからご飯を全く食べてないよ」という会話も成立するらしく、その驚きは文化差では言い表しきれない。ナンでも腹は膨れるはずなのに。

では饢とは?

因みに、ウイグル語は漢字を使わない。ウイグル人に漢語が広まったのも割と最近だろうし、漢字「饢」の起源はウイグルではないだろう。

実際、中国本土にはウイグル経由でナンが伝わってきたようだ。各地のウイグル料理店や露天商によって漢民族もナンを食べることとなり、結果音を取って饢(nang2)という文字ができたっぽい。ってWikipediaが言ってた。

ただ普通話圏の中国人の友達にも聞いてみたが、日本でよく見るインドカレー屋のナンも当然簡体字ではあるが「馕」だそうである。ペルシア発祥で各地に広がった「ナン」は総称として饢となるようであった。

また、日本でインドカレー屋が広まったのは大正から昭和にかけてだそう。洋食が入ってきてちょっと経ったくらい?流石にナンが広まったのもそれ以降だろうし、日本では北インド式のナンが元祖のはず。

ざっくり、ウイグルでの丸い形をした厚いナンができる→漢民族に広まり「饢」 となる→(別ルートで)中国にも日本にもインドカレー屋で見るタイプのナンが来る みたいな流れだろうか。当初の「饢」といえばウイグル式だが、総称としてインドカレー屋で注文するナンも饢としていいのだろうと理解した。

いただきます

よし、これからはインドカレーのナンも饢と結び付けておこう。ついでに各国の饢についても知れて満足。

そんなことを考えてたら、頼んでいたワンタンスープが到着。ウイグルの人に倣って、浸して柔らかくして食べることにしよう。

このスープのためだけに来店する価値ある。程よい酸味と旨味

ウイグルルールではなさそうだが、ウズベキスタンではナンに敬意を持って接するためナイフを入れず、手でちぎって食べるそうである。せっかくだし僕もそうしよう。

饢はそのままだと硬く乾きっぽいが、スープに浸すとすぐに食べやすく変化する。食事の主役を張れるくらいのボリュームも感じたがあくまで補助的な役割なのか。

様々な文化のキメラを自分の中にインストールして、なんとなくこのウイグル料理の店に溶け込めた気になる。日本人らしさ先人らしさと言えばそうかもしれないが、なんとなくセコいことをしている気分にもなっておかしい。なんなんだろうね、ナンだけに。

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