これは「愛媛」ですか?
大昔、「愛媛のナンバープレートには妙な文字が使われている」という記事を見た。そこでは筆者がうろ覚えで書いた「愛媛」が載っていたのだが、本当にミミズがのたくったような、何とも言えない「文字のようなもの」が描かれていた印象がある。
それ以来、愛媛に行くとこのナンバープレートをついつい探してしまう。崩し字のような筆画をしていて、楷書のイメージが強いナンバープレートのフォントに落とし込まれるとなんだか不思議な感じ。

かと思えば、よく見る字体の愛媛ナンバーもまた存在する。先日旅行した際はこちらの方をよく見た記憶がある。

これはどうしてなんだろうか。
(これを書いていて思ったのだが、この両者は書体の違いなのか字体の違いなのか、はたまた字形の違いなのかがかなり曖昧な気がした。多少混同があるかもしれないが許してほしい)
愛媛のくずし字
書道の心得はないし、媛はともかくとして愛の部分だけ切り出されたときにそれが「愛」だと分かる自信はない。

上は雨冠みたいな形だし、下半分も「衆」の下側のようなパーツに見える。これが心や夂に由来するものだと言われても、この字を愛だと知っていなければなかなか納得しづらい。一応、簡体字の「爱」は雰囲気だけなら少し似ているような気もしなくはないけれど。

草書や行書ともあまり一致しない。下半分はまだしも、あの雨冠のような形で愛を書いている例はほとんど見つけられなかった。
一方の媛は比較的復元しやすい。女偏はほぼそのまま形を残しているし、右下も拔→抜のような変化を逆向きに辿ればなんとなく元の姿が想像できる。

GlyphWikiにも爰の異体字としてこのナンバープレートそっくりの字形が登録されている。
もっとも、普通にこのナンバープレートから採録された可能性もあるのだが。
古いナンバープレート、新しいナンバープレート
結論からいうと、この謎の字体の愛媛ナンバーは古いものだ。
2003年7月を境に、愛媛運輸支局は現在の通用字体、要するに誰が見ても「愛媛」と読める形での愛媛ナンバーのプレートの交付へ切り替えた。
理由は単純で、「読みにくい」という声が多かったからだそうで。そりゃそうだ。

それまでは愛媛ナンバーの始まり以来、実に48年間もこの崩した字体が使われ続けていた。
つまり本来の愛媛ナンバーは崩して書いたほうだったということになる。
僕は現在の字体の愛媛ナンバーを見慣れて育った世代なので、どうしても古い形の愛媛の方に違和感を覚えてしまう。しかし歴史的にはむしろ逆なのである。
違いは材質にあり
なにも「愛媛」という漢字そのものが特別難しいわけではない。
むしろ古い字体の方が馴染みは薄いし、相対的に読みやすいからこそ現在の字体へ変更されたのは前述の通り。
それでも件の字体が長く使われていた理由として挙げられるのは、その線や画の少なさである。
例えば軽自動車用駐車場のアスファルトには「軽」の代わりに「圣」と書かれていることがある。これは塗料の節約や施工の都合もあるだろうし、「ここまで省略しても意味は伝わるだろう」という信用の表れでもある。

愛媛の旧字体も、そうした省画によるメリットを狙ったものだということだ。
現在のナンバープレートはアルミ製だが、制度開始当初は鉄製プレートが広く使われていた。
愛や媛は内部の空間が多く、そこに雨水が溜まりやすい。すると文字部分から錆びやすくなる。そこで水捌けの良い字形へ置き換えたという事情があるということだ。傾斜もついてるし。
また単純に、画数の多い字を硬い鉄板へ打ち出すのは加工上も不利だったのだろう。
さらに当時は現在のような陸運局単位ではなく、都道府県単位で地名が割り当てられていた。
愛知県は「愛」ナンバーを有していたため、これと見分けやすくする意図もあった。走行中でも一目で愛媛だと判別できるようにしたかったんだろう。

ところでこの愛ナンバーの字形を見ていると、上半分が旧愛媛ナンバーの「愛」にどことなく似ているようにも見える。
雨冠のような独特の形も共通しており、何らかの関係があるのではないかと想像してしまう。
まあ、斯様にして愛媛ナンバーを使い始めた理由や変更時期についてはある程度分かった。
しかし、あの字形そのもののルーツや、採用を決定した主体についてはよく分からなかった。
現在問い合わせなども行っているので、もし回答が得られたら追記したい。
他に穴が多いプレートはないのか?
愛媛ナンバーの字形の由来として、「水が溜まって錆びるから」という説明をいくつかのソースで見た。
まあ言われてみれば、愛や媛は画数が多いうえに細かな空間が多い。ナンバープレートが鉄製だった時代であれば、そこに水が残りやすいという理屈自体は理解できる。
ただここで疑問が湧く。
古いナンバープレート、特にいわゆるシングルナンバーの写真を見ていると、水が溜まりそうな字形は愛媛以外にも結構あるのだ。
例えば「群」は中に細かい空間がいくつもあるし、「品」なんか空間しかないと言っていい。画像は見つけられていないけど「鳥」取とか「島」根とかはどうなんだろう。もちろん愛媛ほど複雑ではないにせよ、このあたりの文字も劣化を食い止めるために字形をいじるみたいな話は出なかったのかな??
ナンバープレートと漢字
2026年現在で、愛媛とか品川とかのナンバープレートに載る地名は140種類くらいある。
この地名表示は原則として自動車の使用の本拠地を管轄する運輸支局などに対応している。これに加え、2006年からは観光振興や地域PRを目的とした「ご当地ナンバー」も導入された。これだけの地名がナンバープレートに現れるわけで、愛媛の他にも特徴的なデザインがいくつか見られる。
例えば山形ナンバーの「彡」は一般的な字形とは異なり、プレート上端に平行な三本線のような形で表現されている。

さらに滋賀ナンバーの「幺」に至ってはほとんど一筆書きのような形になっている。

このように一般的な字形や字体と異なるものを探してみるのもナンバープレートの醍醐味かもしれない。
ナンバープレートは各地の陸運局などとの提携業者が独自で作っているようで、地名に使われる統一のフォントは存在しない。ひょっとしたらプレート内のひらがなや数字だってよく見ると形が違うのだろう。
事故や轢き逃げの目撃時に車両を特定する手がかりになるほか、警察や道路管理者による確認/防犯カメラや自動読取装置による認識など、さまざまな場面で瞬時に判読されることが求められるナンバープレート。
そのため、ご当地ナンバーの地名表示を新たに作る際には国土交通省や警察庁による視認性の確認が行われるという。地域らしさやデザイン性を盛り込みつつも、誰もが読み取れることを保証しなければならないのだ。
地域ごとに微妙な個性がありながらどれもちゃんと「ナンバープレートとして読める」のは、こうした基準とそれを満たそうと工夫してきた製造業者たちの積み重ねによるものなのだろう。愛媛の少し不思議な文字を眺めながら、そんなことを考えてしまった。
