国道沿いの「明屋書店」
6年くらい前、車で九州へ行った時のこと。
片道だけで二泊するような移動で、国道1号やら2号やら3号やらをとにかく西へ西へとひた走っていた。道路沿いに店や看板がじわじわ流れていくような旅だった。
その途中でふと「明屋書店」という看板が目に入った。読み仮名が付いていたので、読めなかったわけではない。けれど、そこで逆に引っかかった。

明屋。はるや。
「明るい」の明に屋で、はるや。あきらやでも、めいやでもなく、はるや。
その時は急いでいたので、店に入ることも調べることもせず、そのまま通り過ぎた。ただ、「この字で“はる”なのか」という感覚だけが、妙に頭の中に残った。
その後も西日本を車で走っているときは、明屋書店の赤茶色い看板を何度か見かけた。見かけるたびに「あ、またある」と思い、いつか入ろうとスルーする。
気にはしている。そんな腐れ縁(?)が続いていた。
松山中央通店
この前愛媛に行った時、件の書店の本社か本店が松山周辺にあるらしいとたまたま知った。何年も看板だけ見て素通りしてきた店に、ようやく入る口実ができた。
今回行ったのは松山中央通店。あとで調べると、かつての松山本店は老朽化で閉店し、本社機能が中央通店へ移ったらしい。本店と本社と店舗の関係は少しややこしい。


店舗の隣には大きな駐車場のあるスーパーマーケットがあり、ふらっと歩いて入る街なかの書店というよりは生活圏の中に車で来る場所という感じがある。
中に入ると、想像していたよりもずっと普通に、そしてしっかり本屋だった。
漫画があり、雑誌があり、文房具があり、諸々の専門書っぽい棚もある。店名が気になって来たこちらとしては「珍しい名前の店を見に来た」くらいの気分だったのだけど、実際には地域にどっしりと構える大型書店だった。

文房具コーナーを見ながら、もしかして明屋書店グッズみたいなものがあるのでは、と思って探してみる。それらしいものは見当たらず少し残念。
どこもかしこも振り仮名!
ついでにまだ追いついていなかった漫画の新刊を買っておいた。後日丸亀市で食事するのに並んだ2時間待ちの大行列で効果を発揮するのだがまあそれは措いといて…。

本懐はこっち。レシートと、なんと明屋書店ブックカバーも貰えるとは!

ブックカバーは明屋書店グッズということにして取っておこう。

ここまで見てきた店名には、ほとんど全て読み仮名が付いていた。気になっている明のところに「はる」と添えられ、屋の方にも読みが付いている。
やはり店側も、この字がすぐ読まれるとは思っていないんだろう。読みづらさを隠しているというより、読み仮名ごとロゴの一部にしているようにも見えた。
そこで気になるのはやっぱり、なぜ「あきらや」でも「めいや」でもなく「はるや」なんだろうということである。
「明」=「はる」?
まず漢字の読みとして見ると、常用漢字表に「明=はる」はない。音読みはメイ・ミョウ、訓読みは「あかり」「あかるい」「あける」「あかす」などで、「はる」は出てこない。
ただ、手持ちの辞書類を見ると話が少し変わる。
『大漢和辞典』では、名乗、つまり人名に用いられる特殊な読み方欄にアキラ、トシなどと並んでハルが載っている。『角川新字源』や『新潮日本語漢字辞典』でも、人名欄に「はる」がある。
つまり、「明」を「はる」と読むこと自体は、少なくとも人名の世界では成立しているということ。いや正確には最近まで人名だと読み方の制約なんてほぼ無かったといえばそうなんだけれども。
ただ、それでも屋号として大きく掲げられると、やっぱり目に止まる。人名の中にそっといる「明(はる)」と、道路沿いの看板でどんと出てくる「明屋(はるや)」では、こちらの受け取り方も異なるというもんだ(?)
創業者の「明」と、店名の「はる」
明屋書店の創業者は安藤明(あきら)という人物である。
1938年に広島市で貸本屋「明文屋」を開業、翌年には松山市へ移り松山初の貸本専門店「明文堂貸本店」を開業した。
1945年には空襲で店舗を焼失し、その年の末に営業を再開。1946年7月、松山市湊町に「明屋書店」を開店する。
ここでようやく、明屋という名前が出てくる。おそらく当初の店名は「めいぶん」だろうし。
社名の由来は、やっぱり創業者の名前である「明」であるようだ。さらに「店内は明るくあれ」「社員は明朗であれ」という願いも込められているという。
更に明が持つ人名読みとしての「はる」と、「明るい」「晴れる」「春」のような音のイメージを重ねているらしい。
空襲で焼けて戦後に再開し、貸本から新刊書店へ移っていった歴史を知ったあとで「明屋」という名前を見ると、「ハル」に希望の光を見出していたような気もしてくる。
明屋書店グループと「明」
ところで、貸本屋という存在を僕はちゃんと意識したことがあまりない。図書館の有料版みたいなもの?漫画喫茶の先祖みたいなもの?
たぶん時代や地域によって違うのだろうけれど、本を買う前に借りて読む場所が街にあったというだけで、今の書店とは少し違う匂いがした。
明屋書店は新刊書店に業態を移したあと多店舗展開を進め、1951年には大街道店を開店。1960年代には九州、東京、静岡にも進出している。都内にもあったのか、そして割と早くに進出してたな。
かつては九州明屋書店や山口明屋書店といった関連会社もあり、明林堂書店も元は明屋書店のフランチャイズ店として設立されたらしい。明林堂は明を継承しているが、読みはハルではない。
このあたりを見ても、「明」という字は明屋書店の系譜の中でかなり象徴的に扱われているように思える。
生活の中の明屋書店
驚くべきことに、明屋書店は24時間営業である。
今治店に訪れた際には23時半頃の店内でも煌々と明るく、入口には24時間営業中の掲示があった。自動ドアが閉まっている時間帯でも、LINE上の手続きで入店できた。

夜はなんだか店を独り占めしているような背徳感がある。店員もおられず無人会計のみで、店内には本当に一人きりなのだ。道後まで行っていたこともあり夏目漱石の『坊っちゃん』を購入。今度ゆっくり読み直すことに。
調べると、明屋書店は2024年から中央通店などで深夜無人営業による24時間営業を始めているらしい。コンビニ併設型書店を展開したり、地域の読み聞かせ会を行ったり、四国がんセンターと連携した治療と仕事の両立支援に関わったりもしている。
本屋という枠を超えて、地域の生活の中に場所を残そうとしている店に見えてくる。もちろん、企業としての施策なので、そこに商売としての事情もあるだろうけど。
おわりに
看板に読み仮名がなければ、僕はたぶん読めなかったと思う。アキヤとかアケヤとか読んでいたかも。でも読み仮名があったからこそ、「この字でハルなのか」という引っかかりが残った。
いろいろ調べた今では、明屋書店の明はただ創業者名の一字という以上の意味を想起させてくれるようになった。
「晴る」は、雲がなくなって太陽が出てくること。
書店が本当にそこまでの意味を込めているのかは分からないが、多くの危機を乗り越えて拡大し地域の生活を目映く照らし続ける今の姿を重ねずにはいられない。
