2025/11/9まで!上野の森美術館で「正倉院 the show」が開催中
今年の11/9(土)まで、奈良東大寺正倉院にまつわる体感型展覧会「正倉院 the show」が開催中である。

大阪での展示はすでに幕を閉じたが、東京会場では毎日 10:00〜17:00上野の森美術館にて、あの超ド級に貴重な宝物たちの世界を、最新技術を使って楽しめる。
東京展示はこちら
正倉院は奈良の大仏で有名な東大寺にある宝物(ほうもつ)庫で、ログハウスみたいな見た目の木組みをした校倉造で知られる。収められている宝物はなんと9000にも及ぶのだが、国宝かつ世界遺産でもあるので基本的には公開されていない。
年に一回、奈良国立博物館でその“ほんの一部”だけ展示されるのが通例である。
なので、僕たちが正倉院の宝物をちゃんと観るチャンスって、実はかなりレア。
今回の「正倉院 the show」は、正倉院の宝物展示ではない。宮内庁正倉院事務所監修のもと、“新しいアプローチ”による宝物の楽しみ方を提案するものである。
例えば、超高精細で撮影した宝物を巨大スクリーンに映し出して間近でその意匠に没入できる展示。
例えば、宝物に抱いたインスピレーションを現代のアーティストが形にした作品の展示。
このように、実物は見られないけどむしろ実物以上に”見える”展示が楽しめる。
その中でもとりわけ耳目を集めているのは、蘭奢待に関する展示だろう。
この記事は漢字という側面から蘭奢待について見ていきたい。そして、実際に展覧会に行った感想も載せている。展覧会に行く予定の人も行かない人も、蘭奢待や正倉院の魅力について興味を持っていただけたら幸いである。
「正倉院 the show」と蘭奢待
今回の展示は、蘭奢待の香りを再現したものである。蘭奢待は正倉院に収蔵されている香木であり、長さ156cm、最大径43cm、重さ11.6kg。足利義満もその匂いを楽しんだとされるほどかなり古くから正倉院に収められていた。
文化財保存の観点からどうにかして後世に香りを伝えられないかということで様々な研究調査のもと香りの再現が行われ、この度めでたくお披露目となったのだ。
香りの復元にあたって、①香りの年代、②香りの発生源となる器官、③香りの化学的成分、④定性的な香りの4つが分析されいる。
放射性炭素年代測定法、ガスクロマトグラフィー質量分析法といった現代技術を駆使し、それらの結果をもとに調香師と呼ばれる香りの専門家に実際の蘭奢待の匂いと比べてもらってめでたく復元に漕ぎつけたようだ。

千年以上前の香りが、令和の世にふたたび鼻先へ届く――それだけでちょっとロマンがある。
文字や形の文化財は写真に残せるし、材質も解析すればある程度「そのもの」が分かる。でも“香り”は空気と一緒に消えてしまうし、普段生きていて「鼻で歴史を感じる」なんて機会はそうそうない。それが今、科学と職人技のタッグで蘭奢待がまとっていた空気感まで蘇ってしまうのだから驚きだ。
そしてこの成果を展示で実際に体験できるというのも嬉しいところ。今を逃すとそうそうやってこない機会に、ぜひ上野の森美術館へ行ってみてはいかがだろう。
蘭奢待と漢字
「らんじゃたい」というのもなんだか不思議な響きである。今でこそグレープカンパニー所属の人気お笑いコンビがその名を冠しているが、それまでは日本人の半分も知らなかったのではなかろうか。
もともと正倉院の宝物目録には黄熟香という名前で登録されており、今でいうジンチョウゲ科の植物である。
蘭奢待は雅称であり、あだ名と本名くらいの関係だと勝手に思っている。蘭奢待は固有名詞に扱いが近く、「正倉院の黄熟香」に蘭奢待という名前が付けられているくらいの認識でよさそう。正確には分からないけど。
記録の上では黄熟香は他の香木と名前が混同されていたようで正確にいつから正倉院に入っていたかはよく分かっていないみたいだが、今回の展示にまつわる調査ではもととなった木は8世紀末から9世紀中ごろに伐採されたことが判明している。
蘭は植物、奢は贅沢をしたり調子に乗ったりする意味、そして待は言わずもがな。おおよそ意味があるとは思えない文字の羅列だがそれもそのはず、蘭奢待の名は東大寺がもとになっている。「東大寺」の文字が隠れているのだ。

『実隆公記(さねたかこうき)』には15世紀末、蘭奢待の欠片を時の天皇に献上する際の記述がある。それもとにすると以下の通りのようだ。
この香木は聖武天皇の遺愛品(当時はそう信じられていた) として正倉院に保管されており、東大寺と名付けるべきであった。しかし多くの香木の例にもれずこの黄熟香は小片を火で焚いて香りを楽しむもの。奇しくも東大寺は12世紀末の治承・寿永の乱の最中焼き討ちに遭っており、それをかけらにして火をつけてしまうというのも縁起が悪い。故にそのものずばりではなく「東大寺」の文字を含めた蘭奢待と名付けられた。
なお、14世紀中ごろの『新札往来(しんさつおうらい)』という往来物(教科書の類) には既に蘭奢待の名が見えているという。
ただ15世紀中ごろの『尺素往来(せきそおうらい)』には「蘭奢袋」と書いてあり、もしかしたらこの由来はめちゃくちゃ有名だったというわけではないのかもしれない。音だけ伝わってたという可能性もあるだろうか。
蘭奢はインドでの誉め言葉で、最上の品だからこの名前を含んでいるという説も江戸時代に提唱されている。 ということは蘭も奢も音訳字の可能性ある?
蘭奢待と芳香
さてそんな蘭奢待、正倉院に保管されており一般の人はほとんど見る機会がない。それは歴史上もそうであり、足利義政や織田信長、最近では明治天皇といった時の権力者が蘭奢待の香りを嗅いだことがわざわざ記録されてきたくらいだ。信長は割と強引に嗅がせてもらったらしいけど。
明治天皇によって香りが楽しまれた際には「薫煙芳芬として行宮に満ちた」と記録され、良い香りのする煙がその空間に満ち溢れたようである。
芳芬はどちらも良い匂いを意味する漢字である。芳は良いにおいのする草、芬は草が芽生えて香ること。芬はあまり馴染みがないが、人によってはフィンランドの当て字で見たことがあるだろうか。
そう言えばフィンランドは「芬蘭」と書くな。「芳芬たる蘭奢待」を省略すると芬蘭になるのか。いやもちろん当て字なのでフィンランドとは何も関係ないんだけど。
閑話休題、芳芬という言葉は辞書を引くと花の匂いに対して使われていた。もちろん嗅いだことはないが、いい香りが感じられそうである。
蘭奢待は今でも鼻を近づけると香りがするらしい。きっと今でも焚くことで芳芬たる煙を味わえるのだがそれは流石に叶わないだろう(絶大な権力者を除く)。
やはり、再現された香りを楽しめるなんてまたとない貴重な機会なのである。義政、信長、明治天皇と肩を並べる緊張感に襟を正しつつ、上野の森美術館へ行くことにした。
さあ、実際に嗅ぎに行こう
事前にアソビューなどで終了日まで使える当日券(前売りは売り切れている)2,300円を買っておけば、不必要に待たされることもない。
https://shosoin-the-show.jp/tokyo/ticket
上野駅の公園口を出て左に5分くらい。売るほど人がいる割には鳥の囀りも聞こえてくる不思議なエリアに上野の森美術館はある。


展示はまず、聖武天皇と光明皇后の紹介から始まる。
大仏建立の詔を発し、仏教によって国をまとめようとした聖武天皇。その傍らで、薬を東大寺に納めるなど貧民救済に力を注いだのが光明皇后である。二人の婚姻には藤原不比等(光明皇后の父)の政治的な思惑も多分に絡んでいたようだが、それでもなお、二人にしかない絆で国家運営という一大プロジェクトに取り組んだ夫婦だったのだと感じた。
正倉院は、聖武天皇の死後、光明皇后が夫の冥福を願って遺愛の品々を東大寺に納めたことに始まるという。展示の目玉のひとつにその際の目録『国家珍宝帳』(再現版)があり、全長はなんと14メートル。
数々の宝物が記された中には、夫婦で使っていた思い出のベッドを献上した記録も見える。さらに目録の最後には、光明皇后による切実な思いの丈が綴られていた。
聖武天皇の遺品を見るたびに、私は悲しみに打ちひしがれてしまう。 だからこそ、これらを大仏様に捧げ、夫の冥福を祈るのだ。――「觸目崩摧謹以奉獻」という一節に、光明皇后の深い愛情を感じずにはいられなかった。
…漢字にまつわるエピソードとして蘭奢待を嗅ぎに来たつもりだったのに、すっかり正倉院の魅力に引きずり込まれてしまった。
なお『国家珍宝帳』に蘭奢待及び黄熟香の記載はない。
国宝たちのレプリカは、細部まで驚くほど精巧に作られている。教科書で見たあの琵琶も、聖武天皇が実際に使っていたと伝わる脇息までも再現されていた。 ただ展示するだけではなく、内部構造の分析や現代の職人たちとの協働によって撥鏤(ばちる)や平脱(へいだつ)などを含む製法そのものを再現しているというのだから仰天するばかり。

写真をパシャパシャ撮ってはすぐ先へ進む周りの人々に取り残されながら、しばらくその場を離れられなかった。
正倉院は約1300年前の建物である。 それでも「勅封(ちょくふう)」――天皇の許可がなければ開けられない封印――を設け、長きにわたって守り継がれてきた結果、今も国宝の数々が良好な状態で残っている。
令和がいつか「昔」と呼ばれるようになったとき、自分は何を残せるだろうか。 そんな、歴史の一員としての責任感が否応なく胸に湧き上がる。
これが蘭奢待の香りか!
蘭奢待の展示ブースは意外と混んでいなかった。再現された香りを閉じ込めた瓶が20数個ほど並んでいたからだろうか。
大河ドラマ『麒麟がくる』で使用されたレプリカを眺めつつ、蘭奢待の説明書きを読む。曰く、甘・辛・苦・酸・鹹の五味を備えた香りだという。

©本間あきら
匂いの印象は、シナモンパンあるいは隠岐の島のフクギ(クロモジ)に近い。甘いだけでなく、ほんのりスパイスの香りが混じる。残りの三味は…よくわからなかった。
本当に失礼な例えだが、家でトイレットペーパーを使い切ったときの香りに似ている気がする。 ただ、とても良い香りであることは確かで、これが「芳芬」たる香りなのかと納得させられる展示であった。
因みに土産ショップの蘭奢待クッションは必見である。 ご丁寧に、足利義政らが切り取った痕を示す付箋まで再現されて縫い付けられていた。
……正直、ちょっと買うか迷った。
おわりに
と、このように非常に貴重な体験をさせてもらった。まるで宝物がそこにあるかのような臨場感、そしてこの展示たちを実現可能にした技術への高揚感。光明皇后と聖武天皇の愛情に思いを馳せることで、行くまではあまり思い入れのなかった正倉院を好きになりもした。
特に蘭奢待の香り再現なんかは、この展示限りにしておくのがもったいないほどの感動があった。香水とかで販売してくれないものだろうか。
「正倉院 the show」、チャンスは11/9までである。上野へ急げ。
参考
正倉院 the show
蘭奢待 – Wikipedia
本間洋子『中世後期の香文化―香道の黎明― 』(2014)
大橋一章・松原智美・片岡直樹編『正倉院宝物の輝き』(2020)
本間洋子『香道の文化史』(2020)

