2025年12月、大阪大学で開催された漢字学会を聴講してきた。2018年の発足以来8回目となる今回は若い世代の研究発表も多く、漢字学の発展にほとんど貢献できていない身としては恥じ入るばかりであった(?)が、今回の主題はそこではない。
遠方で学会があるときはなるべく現地参加するようにしている。今回も例に漏れず夜行バスで大阪へ向かい、早朝の梅田駅で降ろされた。新幹線の速さと快適さは重々承知だけど、睡眠と移動を兼ねられるししかもお得なのだ。そして毎回こうなる。

……暇だ。学会の開会は昼過ぎなので、向こう8時間ほどは完全な自由時間である。

ご飯を食べたり風呂に入ったりしているうちに、ふと「こうたりや」が近いのでは?と思い立った。
数年前、上野駅近くの春日通りを自転車で走っていたとき、偶然目に入った店名だ。

大阪に本店がある作務衣(さむえ)屋らしい。⿱蛤夏 という文字は辞書にも載っておらず、当時はネットにもろくな情報が見当たらなかった記憶がある。
どうやら「コウ」と読むらしい、ということだけを頭の片隅に置いたまま、しばらく時間が経ってしまった。
大阪に行く機会もあまりなく文字の深掘りができないままでいたが、これはいかんぞということで今回の空き時間を使って「こうたりや」を訪ねることにした。
大阪本店は御堂筋線・堺筋本町駅の近くらしい。初めてLuupに乗ってみたものの、大阪の入り組んだ一方通行にまったく対応できず、素直に電車を使えばよかったと少し反省した。


店頭には⿱蛤夏 の文字がしっかり掲げられていて、ひらがな表記の「こうたりや」が併記されているのもユーザーフレンドリーで嬉しい。

店内は写真を撮らせていただいていないが、オリジナルを含む作務衣が所狭しと並び、褌や足袋などの和装小物も扱っていた。最近たまたま冠婚葬祭が多く、ここで購入したストレッチ足袋が思いのほか重宝している。
季節物の作務衣や着物コートについて親身に説明してくれた気さくなおっちゃん店主に店名の由来をそれとなく尋ねてみたものの、最初はふわりと躱されてしまった。せっかくなのでオリジナルの作務衣を一着購入し、その後も無駄話に付き合ってもらっていると、「実はね……」と、文字の由来を教えてくれた。

曰く、大阪には「夏の貝」「夏のはまぐり」という言い回しがあるらしい。上方落語にも登場する表現だという。
冷蔵庫のない時代、暑い中で貝を放置すると中身は腐って食べられなくなるが外側の硬い殻は残る。そこから「身腐って貝腐らん」、転じて「見くさって買いくさらん(=冷やかしで見に来るだけの人)」を意味するようになった、という話だった。
「⿱蛤夏 足屋(こうたりや)」という店名には、冷やかしの人にも楽しんでもらいつつ、あわよくば「買うたりや」となってもらえればという店主の粋な心意気が込められているらしい。
因みにこうたりやは創業40年ほどで、創業者が今の店主だそうだ。
「みくさってかいくさらん」という由来を説明しても、特に東京の人にはあまりピンとこないらしい。なので、僕のようにしつこく気にしている人にはこっそり教えてくれるそうだ笑
ホクホクした気分で店を出たところ、上着を置き忘れてしまい、わざわざ駆け足で届けてくださった。最後まで本当に気のいいおっちゃんだった。
なお、こうたりやはケンミンSHOWでも紹介されたことがあったようだ。これは単に僕のアンテナが低かっただけである。
その後漢字学会の懇親会でこの話をしたところ、「蛤(コウ)」との音の関連も考えられるのではというご意見をいただいた。完全に盲点だったので、篤く御礼申し上げたい。
また、笹原宏之先生からは「会意よりさらに段階の進んだ造字」だとのお言葉もいただき大満足の大阪旅行となった。
2026年は東北大学で学会が開かれるそうである。たぶん隅っこの席で小さくなっているので、もし見かけた際は何卒よろしくお願いいたします🙇
