まずはこの画像を見てほしい

クリスマスツリーのような形をした緑一色の木の横に、おそらく地球?を日本列島中心に俯瞰したものを添えたイラストである。
これはとある出版社のロゴマークで、1973年の創業以来飲食やオートバイなど趣味の書籍や雑誌を刊行し続けてきた会社だ。初めてこのロゴマークを見たときも、酒を勉強しようと思って買った本に載っていたと記憶している(全然違った。筋トレの本だった)。
ただ残念ながら2021年に倒産してしまい、手がけていた雑誌の多くは今や他の出版社が権利を有しているようである。
さてこの会社、社名を「枻(えい)出版社」といい、実はこのマークの全体像はこうなっている。

これを見ていただくと、ロゴ上のクリスマスツリーと地球がそれぞれ「木」、「世」を表しているのが見て取れると思う。
枻出版社のWikipediaにも「シンボルマークは木と地球の絵を並べたもの(「枻」の字の図案化)。」とある通りである。
だが待ってほしい。一体ロゴマークと社名、どちらが先にできたのだろう?
社名に「枻」??
枻という字はお世辞にも一般的とは言えない。
創業者の名かな?とも思いつつ、名字由来netでは「枻」を含む名字は枻川(かじかわ)しかなく、それも人数およそ10人(このサイトでは「また、推計人数が少ない名字につきましては、一律「およそ10人」としています。 」と明言されており、ほとんどいないと考えてよい)であるため蓋然性は非常に低そうである。
なお創業者の情報はネットのみでは見つからなかった……と思いきや、SNS漁ってたら偶然見つかった。漆島嗣治(うるしま・つぐじ)氏であり、やはり枻川さんなどではなかった。
また木に地球のロゴマークはなんとなく意味ありげで、「本(→紙、もとを辿れば木でできている)を通して世界中の情報にアクセスできる」みたいなビジョンがあれば、こんなにぴったりな字もそうそうない。たまたまこの字を調べ当てて「うちの会社にぴったりじゃーん」みたいなノリで社名が決まった…という可能性はまだ捨てたくない(笑)
いずれにせよ、どうして枻なんていう珍しい字が社名についているんだろう。そんな疑問がこの素敵なロゴを見ていると浮かんでくる。できうる範囲で調べてみることにした。
そもそも枻とは?
「かじかわ」さんの用例(?)もある通り、枻は舟を漕ぐオール(かじ、かい)を意味する。または弓の曲がりを矯正する道具(ゆだめ)のことも指すようだ。
無理矢理解釈できなくはなさそうだが、社名の由来がぱっと浮かんできそうな意味ではない。
「木+世」ロゴの使用開始時期を調べる
日本の古本屋やメルカリなんかを見てみると、件のロゴは1999年ごろから使い始めていそう。ざっと確認できた範囲では枻出版社の商品のロゴは「『枻』一文字」→「『EI』アルファベットモチーフ」→「『木+世』のイラスト」の3つに大別できる。1999年3月刊行の「M型ライカのすべて (エイムック 125)」にはEI、同年9月刊行の「M型ライカのすべて 2 (エイムック 170)」には木+世が表紙に掲載されていた。エイムック125から170までの間にロゴの変更が起こったのだろう。本当に偶然見かけたエイムック141(1999年6月刊行)には木+世が既に載っていた。
これで大体ロゴの使用開始時期は絞れたということで。
ネットで公式声明を拾おう
枻出版社は現存しておらず、コーポレートサイトも既に閉鎖している。
また、当時の代表である角謙二氏のTwitterも2017年でつぶやきを止めているようだ。ざっくり「枻出版社 由来」のような幾つかのキーワードで検索したが、先の通り偶然創業者情報が分かった以外は手掛かりとなる情報は見つからなかった。
Wayback Machineで歴代のバージョンを探してみたものの、管見の限りでは社名に関して特に触れられていない。
どこかに社名の由来ないかな
ということで、少なくとも上記ロゴは会社創業後しばらくしてから使用され始めたと言えそうだ。
また、枻の字について少なくともサイトで喧伝するような由来は無かったのかもしれない。
先に枻出版社という名前があり、枻について会意的な解釈はなされていなかったということか。
ここについてもう少し何かヒントがないかということで、1973年、創業当初に刊行されていた雑誌を閲覧しに行った。

遂に!これが枻出版社の由来…?
『枻 人間讃歌』は会社設立の次月、1973年11月に創刊号が発行された雑誌である。当時は趣味系の題材を取り扱ってはいなかったようで、「明治生まれ」「お金を活かす」という2つの特集で構成されていた。なお、創刊時点で既に明治末年から61年経過している。
会社設立前から何ヶ月も準備期間を取っていたこと(、あとネットで調べた感じ同時期の刊行物が見当たらなかったこと)から、枻出版社として世に出された初の媒体かと思われる。
「『大低』の健康男子は…」という表記があったり、この時代からもう「老害」の用例があったり興味深い雑誌だった。余談だが、この当時はおそらく枻のフォントの用意がなくおそらく木と世をくっつけたのだろう、出現箇所によって枻の横幅が異なっておもしろい。
末尾にあとがきおよび編集後記として1頁が充てられており、そこには以下のように明示されている。
枻(えい)=船の舵、またゆるんだ和弓を再び矯める大切な器具、という意味をもっていることを、お含みいただきたい。
なんてこった。この雑誌延いては出版社は枻を「枻」そのものとして認識して用いており、それどころか読者にもその視点を持つよう要請していた。
なぜ「お含みいただきたい」のかは明示こそされていないが、編集後記にヒントがありそうだ。
曰く混迷の世相、及びそれに対する悲観論。
1973年は第一次オイルショックによる高度経済成長の終焉と公害健康被害補償法の制定といった公害被害に対する反省の年である。
「異常に肥大した物質文明」に対するアンチテーゼとして、物と心の均衡が保たれた社会に戻していく運動を絶えず一歩ずつ進めていくことを目指した人間讃歌なのだそう。
ここに社会を元の形に戻していくための道具として「ゆだめ」、遅いかもしれないが着実に進んでいくための道具として「かじ」を見いだすことができる。枻の持つ2つの意味と役割が、創刊の思いとよく嵌まっている。
さいごに
社名の由来にはならなさそうという評は撤回する。自身を取り巻く環境がどのようであるか、そしてその世相の中に自身をどう位置づけたいか。彼らおよび彼らの成果において、枻ほどぴったりな名前もない。
そして後世、ここまでキャッチーなロゴを持って僕と出会ってくれて感謝である。
そんな枻出版社もやがて将棋讃歌という雑誌を刊行し、オートバイにカメラに趣味の世界を広く深く追い続け、そして今は倒産し多くの商品の権利を譲渡してしまっている。
世を矯め心身共に豊かに過ごせる社会へと漕ぎ導いてくれる役割はもう必要ないのだろうか。願わくはもう一度、枻としての生き様を見てみたかった。

